くりーたのブログ

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ブレンディCMについての雑感、あるいは人生について

どうもこんにちは、kurishinです。

今日このブログを見てくださっている方々の多くは、多分、こちらのMistir様の記事から流れて来られたのだと思います。

mistclast.hatenablog.com

例のブレンディのCMの「気持ち悪さ」を、管理社会や性差別、文芸批評の観点から的確に分析し言語化した優れた記事です。

昨夜の1時ごろ、この記事以下のようなコメントを付けたところ、ブログ主様に大変気に入られたようで、追記として本文中にも掲載してくださりました。 

 

 id:kurishinese もしかしたら世代によって受け取り方が変わるCMかもしれませんね。

僕は90年代生まれの所謂「ゆとり世代」なのですが、僕らの世代って、やれ、コミュ力をつけろ!グローバル人材になれ!(企業にとって都合のいい)夢を持て!自己実現だ!(企業が定めたルールに従って)競争しろ!努力しろ!社会に適応できないのは甘え。自己責任!って散々大人たちから煽られてきた世代なんですよね。

だから、大人たちの都合を内面化して、自ら家畜(社畜)になることを望み、家畜になれたことを本気で喜ぶ女の子の姿が痛々しくて・・・とても他人事(他牛事?)とは思えなかったです。

「たかが擬人化じゃん」とおっしゃる方もいますが、僕も登場人物が鼻輪を付けているのを見た時点で「ああこの子たちは牛を表しているんだな」ということには気づきました。ですが、僕(らの世代)にとって、あまりにも生々しすぎるんですよ。

牛を擬人化したように見せかけて、実は一周まわって人間社会を描いているように僕らには見えてしまうんですよね。あー、企業の大人たちはこういう若者の姿を「良い」とか「感動的!」と思ってるんだ・・・ってね。

まあ、このCMに感動できないひねくれた若者は企業にとっていらない人材なのかもしれませんが。    

http://mistclast.hatenablog.com/entry/2015/10/03/163446

主様に「うわああああああああ」と言わせることができて、光栄でございます(笑)。

僕のブログは普段は一日に2,3人見てくれる人がいるかいないかというレベルの弱小ブログなので、今日のアクセス数が200近くまで行っているのを見たときはマジかと、ビックリしましたね。これがはてな村の力なのか・・・!

いやー、本当にありがとうございます。

 

ということでまあ、その記念記事ということで。ここでも色々書かせていただこうかなと思います。

 元記事とコメント欄で論点はほぼ出尽くしているし、今さら何か付け加えるのも野暮なのですが、今回の件についての雑感を書いていきます。よろしければお付き合いください。

 

まず、これが話題になったブレンディのCMです。確認のために。


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見れば見るほど奥が深いというか、色々考えさせるという点で、面白いCMだと思います。僕はちょっと苦手だけど。

 

僕はこのCMを見て「気持ち悪いな・・・」と思ったのですが、元記事のコメント欄を見ると「え、どこが?ただのの擬人化じゃん」とあまりピンと来ていない人も結構いて、軽く衝撃を受けたんですよね。

で、「じゃあこのCMの受け止め方の違いはどこからきているのだろう?」と考えてみて、社会を見る視点や感性の違い→その人にとっての「リアリティ」の違い→その人が生きてきた社会環境の違い→あれ、もしかして世代による違い?という風に考えて、上のようなコメントを書かせていただきました。

 

やっぱり、ある作品をどう見るかってその人の世代(歩んできた人生の背景)をものすごく反映すると思うんですよね。

 7,80年代の安定成長期やバブル期に学生時代を過ごして、引く手あまたの就職市場の中で「○○大学の学生?じゃあ内定決定!」「車買ってあげるからうちの会社に来てよ!」みたいな感じでチヤホヤされながら就職して、結婚して家庭を持って、日本社会全体の成長とともに順風満帆な人生を歩んできた人たちにとっては、このCMで描かれている過酷な競争・管理社会は全くリアリティが無い、ありえない世界、別の世界の話で、だから「牛さんは人間と違って大変ねぇ」とか「擬人化だろ?w」なんて呑気なことを言っていられるんじゃないでしょうか。

 受験競争や学校の管理教育は昔の方がひどかったと聞いてはいますが、我慢の先には一生食うのに困らない終身雇用というご褒美があったわけで。また、日本社会の豊かさは永遠に続くだろうという希望に満ち溢れた幻想(ムード)が社会全体を覆っていたわけで。今みたいなお先真っ暗な世の中で、一方的に社会への適応を強いられている僕たちとは違いますよね。

 

僕らの世代が社会や上の世代からどのような扱いを受けて来たかは上のコメントで書かせていただいた通りです。そういえば、ブラック企業とかブラックバイト、社畜のような言葉が流行ったのもちょうど僕らの世代でしたっけ。

そうすると僕らのちょっと上の「氷河期世代」の人たちはどんな感想を抱くんだろう?とか色々気になってきますね。

 

もちろん世代で人々を十把一絡げに分類して論じること自体ナンセンスなことかもしれません。上の世代の方々にも、日本の大多数の人々が豊かさを享受していた中で貧困にあえいでいた方もいらっしゃるでしょうし、世の中の変化を注意深く観察して日本社会に警鐘を鳴らしてきた方もいます。

若者でも、例えば、小中高はクラスの人気者で先生にも親にも可愛がられ、そこそこいい大学に入って、部活やサークルに励み、いつも明るくハキハキしていていて、就活先の企業の人にも可愛がられ、難なく就職していったような体育会系男子学生や美人女子大生みたいな人たち(このCMで言う、主人公やロデオパークに就職した男子生徒)は、もしかしたらあまりこのCMを気持ち悪いとは感じないかもしれません。

だから、「世代」というよりは「その人が歩んできた人生」による違いと言った方が正確かもしれません。ただ、どの世代に生れるかはその人の人生に大きな影響を与えますし、大まかな傾向を捉える上では世代に着目することもあながち的外れではないかなとは思いますが。

  

以上を踏まえると、このCMに気持ち悪さを感じない人たちは、おそらく、幸せな人生を送ってきた人たちなのではないでしょうか。

このCMは日本社会の歪な部分を的確に反映させていますが、そういう日本的なルール、規範、空気の中で上手くやってきた「幸せな人たち」にとっては、元記事で提起された問題点はいまいちピンとこないし、「考えすぎ」に映るのかもしれません。

だからと言って、彼らの幸せを僻むつもりはありません。彼らに罪はありませんからね。そういう人生、そういう価値観もあるんだという、ただそれだけのことです(とか言いつつ、「幸せな人たち」の無邪気な傲慢さに、腹立たしさを感じずにはいられない自分がいることに気が付くわけですが)。

 

ある作品についての解釈を語ることは、メタ的に見れば、そのように解釈する自分自身を語ることに他なりません。だからちょっと意地悪なことを言うと、元記事やコメント欄ではブレンディのCMへの批評や感想が語られていると同時に、盛大な自己紹介大会、自分語り大会が開催されていると見ることもできるのかもしれません。なんてね笑

 

とまあ、色々脱線しながら長々と語ってきましたが、なんと!気がついたら人生について考えさせられていました!笑

いやー深い作品ですね。その深さは計り知れません。

皆さんも是非、このCMを見て自分はどう感じたのか、そして「なぜそう感じたのか?」を問うてみてください。きっとその背景には今まで歩んできた「人生」があるはずですから。親や友達と感想を話し合って、お互いの人生に想いを馳せてみるのも面白いかもしれません。

 

以上、バズった記事に自分のコメントが取り上げられた記念と、就活のバカらしさに嫌気がさして大学院に進学した、社会不適合大学院生の自分語りでしたー

 

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