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くりーたのブログ

くりーたのブログです。

四つのイードラ

前回、石川文康『カント入門』を紹介した。

 

kurishinese.hatenablog.com

 

 本書はカント哲学の入門書であるが、それと同時に、日常生活でも役に立つような思考法やアイディアの宝庫でもあると思う。今回は本書に登場した「四つのイードラ」について(本書pp.16-19)、メモがてら紹介したい。

 

「四つのイードラ」自体はカントではなく、イギリスの経験主義哲学者、フランシス・ベーコン(1561-1626)が提唱したものである。

石川氏によると、カントの哲学は一言で言えば「理性批判」である。その意味するところは本書を読んで確認してもらいたい(まあごく簡単に言っちゃうと、それまで絶対正しいと信じて疑われなかった「理性」を、実は人間を欺くことがあるんじゃないの?と疑って批判したのがカントだったという話なんだけど)。

そしてその「理性批判」の先駆者としてフランシス・ベーコンの名が本書では挙げられている。実際にカントは『純粋理性批判』第二版の冒頭でベーコンの『新オルガノン』を引用しているという。ベーコンも知性(理性)がいかに誤謬に陥りやすいか、いかに欺瞞的であるかを説いており、そうしたベーコンの思想が良く表れているのが「四つのイードラ」である。

 

「イードラ(idola)」とは何かというと、ラテン語で「偶像」を意味する言葉であるが、語源であるギリシャ語の「エイドーロン(eidolon)」は「先入観」「偏見」「見かけ」等の意味を持っている。

ベーコンは学問、延いては人類の発展のために克服すべき「先入観(イードラ)」として、「種のイードラ」、「洞窟のイードラ」、「市場のイードラ」、「劇場のイードラ」の四つのイードラを挙げている。以下、それぞれのイードラについて解説していくが、石川氏の解説(pp.17-18)がわかりやすいのでそのまま引用させていただく(読みやすくするための見出しはこちらで付けさせてもらった)。

 

1.「種のイードラ」

そもそも人間一般の本性に固有のイードラ、すなわち人類に共通のイードラ。これは「(人間という)種のイードラ」と呼ばれ、人間が人間であるかぎり、どうしても避けることのできないイードラである。その昔、全人類が一致して、太陽をはじめ全天が地球のまわりを回ると考えていたのは、その代表例である。 

2.「洞窟のイードラ」

人間各個人によってそれぞれ異なるイードラ。これは「洞窟のイードラ」と呼ばれる。これは、各個人の性格や生い立ち、境遇からくる偏見で、「井(洞窟)の中の蛙」が、その狭い世界を全世界であると思い込むことに象徴される。

3.「市場のイードラ」

言語による情報をはじめ、社会的生活から生じるイードラ。これは「市場のイードラ」と呼ばれる。その昔、毎日の情報源は人々がよく集まる市場だった。そこでは根拠のない噂やデマが飛びかったであろう。ただし、このイードラの恐ろしさは、極度にマスコミが発達した今日においては、当時のそれ以上であることを忘れてはならない。

4.「劇場のイードラ」

大掛かりな仕掛けによるイードラ。哲学をはじめ、もろもろの学問的理論が生みだすイードラ。これは「劇場のイードラ」と呼ばれる。劇場の大道具装置(たとえば、背景に描かれた富士山)が実物であるかのように見えるのと同じで、たとえ空虚でまちがった学問体系も、その難解な理論ゆえに人を威圧し、真理を語っているかのように映る。

 

以上で紹介は終わりなのだが、いかがだろうか?

各自、読んでいて色々と思い当たる節があったのではないだろうか。

僕はこの「四つのイードラ」が400年も前に考えられたものだとは思えなかった。近年、メディアリテラシーや批判的思考の重要性が喧伝されているが、何のことは無い、全ては400年前にベーコンが語っていたことではないか!ベーコンは人間が普遍的に(つまりいつの時代でも)陥りやすい誤謬を鋭く指摘していたのである。

 

ちなみに僕は教育学を学んでいるのだが、義務教育段階で(あるいは高校でもいいが)「四つのイードラ」を子どもたちに教えたら、世の中もっとマシになるのではないかと思う。

よく中学高校の校訓なんかに「文武両道」とか「質実剛健」等とあるが、こんな言っても言わなくてもどっちでもいいような(というか何を言っているのかよく分からない)抽象的なスローガンを掲げるくらいなら、「四つのイードラの石碑」を校門前に設置したり、全校集会で校長が「四つのイードラの話」をしたりした方が余程、生徒のため、社会のためになるのではないか。

 

ちなみに僕の母校の校訓も「文武両道」と「質実剛健」だったような気がする(あまりよく覚えていないが)。「文武両道」はまだ何となく分かる。要は「勉強も部活も頑張れ!」あるいは「頭も体も両方鍛えろ!」ということなのだろう。しかし、「質実剛健」になるとちょっとよく分からない。具体的にどうすれば「質実剛健」であると見なされるのだろうか。坊主頭にして「押忍!」とでも叫んでおけばいいのだろうか。

これは価値観の問題である。勉強もスポーツもできて、しかも硬派な中高生を育てたいというのも一つの教育観であろう。

しかし、僕としてはもっと優先させたいことがある。勉強とスポーツに関してはどちらかができればそれで十分、どっちもできなくても結構。ナヨナヨしててもいい。それでも「四つのイードラ」を知っている―つまり自分の認識の限界やバイアスに自覚的な人間を育てること。自分の周囲や限られた経験のみを以って「外国人は危険だ」「若者/老人は役立たず」「女/男はバカ」などと決めつけたり、ネット上のデマやヘイト記事に踊らされたり、特定のイデオロギーに凝り固まったりするような人間を育てないこと。そういったことのほうが余程重要であると思うのだ。

 

話がだいぶ脱線してしまった。四つのイードラの話からいつの間にか教育論になっていた。ていうかそもそも『カント入門』を取り上げているのに、全然カントが出てこない(笑)

まあ、こんなふうに、たとえ本筋ではなく、些末さえと思われるような部分であっても、心に引っ掛かった部分を自分の経験や関心(僕の場合は教育や社会)に関連づけて、色々と考えを巡らすのも読書の楽しみの一つである。

『カント入門』にはまだまだ、僕たちの思考を研ぎ澄ましてくれるエッセンスがたくさん散りばめられているので、折に触れて紹介していきたいと思う。

 それではまた。

 

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 残念なことに絶版中らしく、中古品(しかも高い)しか手に入らないようです。図書館で探してみよう。

 

ベーコン随想集 (岩波文庫 青 617-3)

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 ベーコンの著作で手に入りやすいのはこちらでしょうかね。 

 

 

追記

後で母校のホームページを確認したところ、「文武両道」「質実剛健」に似たようなことは書かれていたが、校訓としては掲げられていなかった。母校の名誉のために書き留めておく。